No.43 シンデレラさん、お大事に

(留美子のお薦め著書)  精神科医 針間克己先生のご本

シンデレラさん、お大事に(メディアファクトリー、1200円)

 著者は「杏野 丈」となっているが、これはペンネーム。性同一性障害(GID)の関わっている方であれば、ほとんどの人が知っているという針間克己先生の最新著書である。2002年6月29日に発行されたものだ。
 実は、8月5日に、日本性教育協会の主催で、「伏見憲明と宮崎留美子のトークセッション」があり、私たちのトークを聞きに来られたのが針間先生だった。
 控室でお会いしたとき、先生から、この本を贈呈された。著者名にアレレと思ったのだが、これはペンネームということだそうだ(でも、ちょっとカッコよすぎるペンネームだよね)
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 読ませていただいたこともあり、書評もかねて紹介したい。
 表紙のコメントの通り、精神科医の眼で「おとぎ話」の真実を読み解くというコンセプトで貫かれている。
 この本を読み、以前に読んだ本を思い出した。ひとつは、松本侑子著の「グリム、アンデルセンの罪深い姫の物語(角川文庫)」、もうひとつは、赤桐操著の「本当は恐ろしいグリム童話(KKベストセラーズ)」。赤桐本が、松本本の内容をパクッたとして係争になったといういわくつきの2冊であるが、今回はそのことはさておこう。
 ここでは、「シンデレラさん、お大事に」の針間本と、「罪深い姫の物語」の松本本とで、同じ童話を解釈するのに、こうもちがうのかというあたりを述べておきたい。

 松本本は、フェミニズムの視点から、童話にでてくる女性を把握しようとしている。片や、針間本は、ひたすら、その女性そのものの精神構造を暴こうとする。そのためか、主人公への評価が全く逆になっているものもあり、比較するとなかなか面白い。
 例えば、2つの本では共通して「白雪姫」を扱っている。
 針間本では、白雪姫を殺したという継母を、殺したのではなく白雪姫を自立させるための芝居だと解し、7人の小人のことをペニスになぞらえ、性的な精神分析を行っている。
 松本本だと、継母が殺そうとしたことはそのままに受けとめ、むしろ、姫を助けた王子の行動に着目している。白雪姫を一個の自立した女性とみるのではなく、愛玩物のような対象にして、ひとりでオナニーするような解釈をしている。
 松本本では、小人の家で懸命に働く白雪姫を、自立していく重要な過程とみなす針間本にたいして、家事を懸命にこなすことで「白馬の王子」が現れるという女性の幸せ追求の過程ととらえる。

 「マッチ売りの少女」も両者ともとりあげている。共通するのは、実は、マッチ売りというのは少女売春を表しているという見解。針間本は、精神科医の眼からみて、この少女がどうやったら幸せになるのかという処方箋を描く。松本本では、労働者階級に属する少女に対して、上流階級がどのように性的搾取を行っていたかを描き、19世紀当時、資本家と男性からという、女性の二重の搾取状態を暴きたてていっている。

 自分をどのように変えていくかという視点からの精神科医と、社会の矛盾・抑圧こそを撃とうとするフェミニストの立場が面白く現れていた。
 これは、トランスジェンダーの問題にも共通する。
 体の性と心の性がずれている人を、個人に還元して、どのように救っていくかという医師ならではの見方と、トランスジェンダーに対しての社会のなかでの偏見と差別構造にこそ着目しなければならないと考える社会学者や人権論者の立場と、微妙に分かれていることともうまく符合している。
 ものの捉え方は、決して一様ではない。いろんな角度からの捉え方があって、そして論争がおきるなかで、ものごとの認識は深まっていくものだ。

 この本の項目では一番最後にある「ぶんぶく茶釜」のお伽噺について、これは性同一性障害を指し示しているものだとある。奇抜な発想に「なんでえ?」と読み進んでいくと、奇妙に、なるほどそうかと納得してしまうから不思議だ。
 「ぶんぶく茶釜」は、松本本にも赤桐本にもなく、針間先生ならではの解釈がよくでている。性同一性障害のクライアントを診察してきた経験がしっかりと現れている項目である。

 松本本の「グリム、アンデルセンの罪深い姫の物語(角川文庫)」と同時に、針間克己先生のこの本も、ぜひ併読されることをお薦めしたい。