No.76 タイ映画、アタック・ナンバーハーフ2全員集合
「アタック・ナンバーハーフ」という映画をご存じだろうか。アタック・ナンバーワンではない。バレーボールを道具立てには使っているが、タイの映画である。原題は「サトリー・レック(鋼鉄の女)」というもので、日本で上映するにあたって「アタック・ナンバーハーフ」というタイトルがつけられた。タイでは、映画興行史上、歴代2位というヒットだったという。
タイで実際にあったことを元にしている。ゲイ、おかま、ニューハーフ、トランスジェンダー、性同一性障害・・・・、えーい、ややこしい。そんなに細々と区分する思考法だと、この映画のよさはわからない。要するに、セクシュアルマイノリティ「全員集合」で、世間の偏見や差別をスイスイと楽しくコミカルに乗り越えて、バレーボールの全国大会で優勝してしまうというもの。1996年に、タイのバレーボールの全国大会で、「オカマ」のチームが優勝したという実話をもとにした映画だという。
楽しくて面白くて、でも見終わったときには、差別や偏見のばかばかしさが伝わってくるという、なんとも心温まる映画なのだ。性同一性障害に関する映画では、アメリカ映画で「ボーイズ・ドント・クライ」「ロバート・イーズ」を見たことがある。感想は暗い。たしかに、見た人の性格にもよるが、内容的に暗いゆえに、しんみりと感じ、そこにジーンと心を打つ人もいるだろう。アタック・ナンバーハーフの方はコミカルでふざけていると評価する人もいるだろう。
元来の私の性格なのか、つらい・苦しい・暗いというタッチの内容には、私はあまり感動しない。つらさや苦しさを吹き飛ばすかのように、明るく前向きにすすんでいく内容があるときに胸が熱くなる感動を覚えることが多い。資本家に抑圧されていた工員たちが、労働組合をつくって反撃していったというようなシーンがあると、ジーンとなり目に涙が浮いてきた。たとえば、そういった映画の例としては「ノーマ・レイ」。そして、アタック・ナンバーハーフは、本当に明るいタッチで、マイノリティの人たちが、飄々と差別と偏見を乗り越え、多くの大衆を自分たちに引きつけてしまうという内容なのだった。
さて、この「アタック・ナンバーハーフ」の続編が待ちこがれていたのだが、今回、日本語で字幕化された「アタック・ナンバーハーフ2全員集合」が公開となった。この「2」は、タイでは、2003年春にできていたのだが、日本語の字幕化までに1年かかったことになる。
字幕化にあたっての監修は伏見憲明さん。伏見さんとは、ちょっとばかり縁があって、彼が編集した『同性愛入門』に一文を書かせていただいたり、彼の筆による新聞の連載『性のプリズム』で取材を受けたこともあった。また、彼が講師をつとめる大学のゲストスピーカーや、日本性教育協会でのトークセッションのゲストになったこともある。その彼が監修。ぜひとも見たい映画だった。
公開されたものの、大きな映画館では上映されていない。東京都内だと、六本木ヒルズ内にあるヴァージン・シネマ、そしてワーナー・マイカル・シネマ板橋の2つしかない。私は前者の映画館に行ったのだが、もう少し大々的に上映してくれればいいなと思ったものだ。地方で県庁所在都市以外だと、ビデオレンタル化される日を待つ以外にないかもしれない。すてきな映画なのに残念だ。
←背景はワット・チョーン・クラーン.この風景を背景に、メーホンソンで開催されたバレーボール大会を紹介するシーンがあった
タイ風の音楽をバックに、タイのすてきな風物を織り交ぜながらけっこうリズミカルに話はすすむ。今回の「2」は、初回のアタック・ナンバーハーフで描かれた「オカマチーム」のメンバーひとりひとりの過去のできごとを回想していく場面が主となっている。前回の作でいなかった人物として、おっぱいなんかほしくない、立ちションしたいというFTMの人も出てくる。映画内ではレズビアンと語られているが、日本的に言うならばFTMのトランスジェンダーということになるだろう。言葉の曖昧さは、タイの後進性ではなく、あの人とこの人はちがうといった、違いを明確にするよりは、大らかに、どんなあり方でも受け入れていこうという幅の広さと関係しているような気がする。そういえば、ゲイもMTFトランスジェンダーも、性同一性障害も、ちがいをそんなちがいをあれこれと言い立てない文化が関係しているのか、このあたりも曖昧だった。
大らかに多様な人を受け入れるタイだとて、しばらく前までは、今よりも偏見はあった。最初から「オカマ」をあたたかく受け入れているというわけではない。でも、タイの当事者が自分をはっきりと打ち出して、堂々と明るく振る舞っていくなかで、やはり少しずつ理解の輪が広がっていったのではないだろうか。今では、日本と比べれば、はるかに、一般の中に受け入れられている。
「2」の最後のシーンは、サトリー・レックが対戦相手と戦うシーン。試合は、メーホンソンという小さな街で行われる。ここは、北部の都市チェンマイから、バスだと延々と8時間。飛行機だと35分なのだが、プロペラ機で行かなければならない僻地である。ここには、首長族などの山岳少数民族がいることでも知られており、映画の中にも出てくる。メーホンソン市内の名勝、ワット・チョーン・クラーンと、その寺院が水面に映るシーンもある。こういったところは、私が、今春、タイを訪れたときに行ったところだ。ありありと思い浮かぶ。
サトリー・レックは、惜しいところで負けてしまうのだが、人々はこのチームに声援を贈って惜しまない。応援団にも、いろいろなパターンのトランスジェンダーが出てくる。セクシュアルマイノリティ総出のシーンだといってもよいぐらいだ。
映画の最後の字幕が流れる。私の心の中には、ほのぼのとした温かみが残っていた。第1作に勝るとも劣らない、すてきな作品であったことを紹介しておこう。