女装ひとり撮り写真とは?・・・女装写真を芸術まで高めよう
女装ひとり撮り写真を定義し、撮影者が増えることを呼びかけます...
女装した人の写真というのは、ホームページやブログのサイトでたくさん見かけます。それはそれでいいのですが、これだけ「女装写真」が多くアップされるようになった現在(20年前の昔には考えられませんでした・・・・女装なんてこっそりとやるものでしたから)、こういったジャンルの写真に、いくらかでも「芸術性」をもたらしたいと思っているのです。
私なりに、他のジャンルの写真、たとえば鉄道写真で確立されたそのジャンルに特有の芸術性みたいなものを、「女装写真」にも考え入れて、できれば、ゆくゆくは、鉄道写真なみに確立された分野にしていくことができたらなあと思っているのです。・・・・夢物語でしょうか。
私がなんとなく思う「女装写真」の定義は、つぎのような条件があること、のように思うのです。
(1)女装した人物が写っていること.ただし、顔が入っているということが条件ではなく、たとえば、手や足などの体の一部でもよい
(2)写真になんらかのテーマ性があること.人物以外の写り込みも必要であることなのだが、もし人物だけであれば、その人物そのものにテーマ性があること.
(3)女装した人をモデルとして、他者によって写された写真でも排除されるわけではないが、可能な限り、女装する人と写真を撮る人とが同一人であり、女装の「技」と写真撮影の「技」とをともに磨いていくことが、「女装写真」の極意であると思われる.
(4)女装する人ではない写真家によって写された女装写真であれば、単にモデルになっただけであり、普通の女性モデルの写真と変わるところはない.女装の「技」を高め、同時に、女装した自分をよりすてきに写し込み、テーマ性をもたせることが、ひとつのジャンルを確立できる前提になるかと思うのです.
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たとえば、上の写真をみてください。私が写っている写真ですが、これは、三脚をたててひとりで写した写真です。
ただ、私が写っているだけでは「女装写真」としてのジャンルを構成しません。ある鉄道車両だけが写真の真ん中にぽつんと写っているだけでは、そこには鉄道写真としての芸術性が希薄だというのと同じです。主役となる鉄道車両とともに、構図や背景などが全体として、すぐれた鉄道写真をかたちづくるということと似ています。
上の写真は、熊本県にある通潤橋という歴史的な遺産である建造物が、ある意味では主役に準ずる地位を持ちます。ただの橋ではないことが大切な要素になっています。
また、木々の緑も目にいたいほどですよね。
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たとえば左の写真の「橋」は、とくに歴史的に価値のある橋ではありません。この写真のテーマ性は「海の色の美しさ」です。珊瑚礁の海を渡って架けられている、宮古島と池間島を結ぶ池間大橋なのですが、ここから見る海の色はには絶句します。うわーっと感動すら覚えるコバルトブルーの海が広がっています。
つまりテーマとしては、海の色であり、そこに、女装した人がいるという、そういった部分を芸術性として確立したいと思うのです。
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一方、この写真は、「橋」そのものに意義があるものです。1枚目の通潤橋と同じく、「橋」そのものがテーマ性です。
これは、岩国市にある錦帯橋ですが、あまりにも有名な橋ですよね。
その歴史性ある橋と、女装した人とのコラボレーションが「女装写真」とでもいうのでしょうか。
しかも、女装することと、自分で写真を撮ることとを組みあわせるといったコラボもあります。
ぜひ、多くの方のチャレンジを期待します。
「女装写真」にチャレンジされる方が増えてきて、そのうちに「女装写真協会」・・・ネーミングがよくないですね、TGフォト協会とかトランスフォト協会の方がいいかもですね・・・みたいな組織ができあがれば最高なんですけど。私の目の黒いうちには難しいかもしれませんが。
賛同者を募ります。
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