(現役高校生の小説) Ms(エムズ) 著:田丸まひる
田丸まひるさんのこの小説が、文学的にいって高い評価ができるのかどうかは、私にはわかりません。私は、文学作品を判定する力量を持っていないからです。
でも、田丸さんの通う学校では、援助交際のような表現内容、そして、ホモセクシュアルの部分を含んでいるとして、日の目を見ていない作品だそうです。
援助交際やホモセクシュアルといったテーマは、小説としても、そのアイテムにとりあげうる現実であるわけで、高校生だからといって、こういったことを排除しようとするのは、作品の深まりを阻害するものだと思います。
私のホームページで、彼女の作品を、日の目をみせてあげられればと思い掲載することにしました。(宮崎留美子)
美夜子(みやこ)は駅ビルの化粧室に駆け込んだ。
荒い息を吐きながら、平面に広い鏡を睨み付ける。
「サイテー」
さっきの男の顔を思い出した。お金だけはありそうな、中年の男の好色そうな顔。
そんな顔の男を今日の客にしてしまったことを、今更ながら後悔する。
食事だけだと言ったのに、その後危うく車に乗せられるところだった。その手をすり抜けて、ここまで思い切り走ってきた――契約違反だ。
「ホントにサイテーだよ」
セーラー服の青いリボンを指でつまんで直しながら、美夜子はもう一度小さく呟く。
この商売を始めたのは二年前、十五才の時からだった。
美夜子の容姿は人並み、化粧も全くしていないし、髪も染めていない。胸もないし、腰もくびれていない。だけど昔から、人と話すのだけは得意だった。相手の喜ぶように、言葉を紡ぐことが出来る。
特に、父親世代の相手と話すのが、一番得意だ。
つまり美夜子の客は、その世代が中心である。
ただ、美夜子はお金持ちのおじさま世代に取り入っているわけではない。絶対に客と寝たりしないし、決して客に媚びない、甘えない、しかし冷たくはしない。
だから美夜子には常連が付いた。たいてい、美夜子と自分の娘のように接したがる、父親より少し上くらいの世代の男や、自分よりずっと若い女の子と話してみたいというような男である。
最近はずっと、そういう常連とばかり会っていたので、今日みたいな初めての客は久々だった。素朴そうな男だったので、信頼できると思ったのが間違いであった。
今日は自分に慎重さが欠けていた、と反省する。もう一度鏡を睨み付けると、美夜子は学生鞄の中のポーチから、歯磨きのセットを取り出した。
ハーブ入りのペーストを絞り出し、無心に歯を磨く。冷たい水で漱いで、吐き出しながら、さっきの嫌な男のことも一緒に忘れることにした。蛇口から勢い良く出る水で、触れられた手もごしごし洗う。目も洗いたかった。
突然、ポケットの中で携帯電話が着信を知らせる、電子音が小さく鳴った。画面が明るく点滅して、メールが一件届いたことを知らせている。
深散(みちる)からだった。カレーライスを食べに来ないか、と無機質な電子文字が、しかし優しく告げている。
美夜子はすぐに、了解の返事を送った。
水を止める。薬用のリップクリームを薄く塗ってから、背筋を伸ばして外に出た。今夜は月が出ていない。
深散は美夜子の恋人だが、二人の関係を語るためには、さらにもう一人の男が必要となる。
真彦(まひこ)といい、美夜子の同級生で、元恋人である。
高校生になったすぐに美夜子と知り合い、恋人というより、遠慮のない親友のようなつきあいをしていた。しかし三ヶ月前、サッカー部のエースであった真彦は、試合中に足を痛めた。ひどい損傷で、サッカーはもうやめた方がいいと医者に宣告された。
真彦は苦しんで、荒れた。誰とも話さず、恋人であった美夜子にさえ何も相談しなかった。
苦しみ抜いた。そんなときに深散が現れたのだ。突然だった。迷子になった、真彦の飼い犬のポニーを、深散が拾った。
雨だったそうだ。美夜子はその場にはいなかった。迷子札を頼りに、小さなポニーを抱きかかえて、傘もささずに真彦のアパートまで来てくれたのだと言う。
真彦の一目惚れで、真彦と美夜子の消化不良のような恋愛関係は終わりを告げた。しかしそれがきっかけで真彦は立ち直った。結果的には良かったのだろう。
深散は医大の三年生で、れっきとした男である。真彦は始め同性であるということに抵抗があったらしいが、いざ自分の気持ちを伝えてみると、あっさり承諾された。
真彦は、ただ好きになってしまったのだと言う。
美夜子には、分かる気がした。深散には、理由もなく人を引きつける力がある。その後、紹介された深散と美夜子も、何故か重複したまま付き合うことになった。
そういうわけで、今の奇妙な三角関係が続いている。深散の部屋のベルを鳴らすと案の定、出てきたのは図体のでかい真彦だった。深散が何も言わないのをいいことに、この頃ずっと入り浸っている。
「入れよ」
「あんたの部屋じゃないでしょ」
日課のようになってしまった軽口を交わし、深散の部屋に入った。観葉植物と、コンピュータ機器の匂いに満たされた部屋は、深散の趣味を良く反映していた。
若い植物や、無機質な機械の匂いに混じってカレースパイスの香りがほのかに漂ってくる。
「おかえり、美夜子さん」
奥のカウンターから深散が出てきた。
美夜子はここに住んでいるわけでもなく、泊まったことさえないのに、いつも深散は「おかえり」と言った。
それがどういう意味なのか、美夜子は考えたことはない。ただ、ここは三人の場所だった。
背の高い真彦と並ぶと、深散は頭一つ分小さく、全体的に華奢に出来ている。先週コンタクトを落として、仮に眼鏡をかけているので、更に大人しそうに見えた。
「ただいま」
真彦の茶系の意志の強そうな瞳、深散の深闇色の知的な瞳を、順に見つめて、ふと溜息をついた。
ここはとても平和であるはずだ。
「今日も仕事してきたの?」
カレーの皿を片付けながら、深散が聞いてくる。奥の方では、真彦がシャワーを使う音が聞こえた。どうやら今日は本格的に泊まり込むつもりらしい。
「してきたよ。初めてのお客で、最悪だった」
そう言うと、深散が少し哀しそうになる。
だがそれ以上何も言わない。
美夜子は自分の身体を売り物にはしていないし、これからもない。実を言うと、お金もほとんど貰っていない。貰うのはせいぜい、食事代や交通費、ちょっとした小遣いくらいだ。ねだればもっと貰える。でも必要ない。
大金を手に入れることは不可能ではないが、最近は相場が落ちているし、伴うリスクも大きい。それに美夜子はお金目当てでこんなことをしているのではなかった。
夜に、家にいたくなかったのだ。父親の失業で、今まで友達にも羨ましがられた美夜子の両親の夫婦仲は、あっけなく崩れた。
いわゆる「リストラ」である。美夜子の父親は抜きん出た能力もなく、たいして魅力のない、平凡な人である。不況の中、会社の経費削減のためには、一番に切られるタイプであろう。
毎晩、その日も仕事が見つけられなかった父親が帰ってくる度に、気の強い母親との口論が始まる。自分を生んだ両親が、本気で罵り合う姿を見たいと思うだろうか。
見たくないと思って目をつむっても映像は暗闇の中で何度もフラッシュバックを繰り返し美夜子を苛む。
どんなに耳を塞いでも頭の中に鳴り響く、何よりも胸を抉る声を聞き続けることが出来るだろうか。
美夜子には出来なかった。何も出来なかった。
だから外に出た。「逃げた」のだと言われても、それが美夜子の全てだった。
両親が離婚した今、美夜子はどっちにも引き取られず、母方の祖母の家で暮らしている。それでもう終わったことのはずなのに、美夜子は未だ外に出ていた。
「食事だけだって言ったのに手を出そうとしてきて」
深散はどうして、もうやめたら、と言わないのだろう。
真彦と付き合っていたときもそうだった、真彦も知っていても何も言わなかった。
でも、身体を売ったり、お金を貰ったりしないからといってそういう子と何が違うというのだろう。
「それは大変だったね」
みんな自分のことだけで精一杯すぎる。
美夜子は低血圧なので、朝は苦手だ。しかし毎日、人より一時間は早く登校している。
勉強するにも、本を読むにも夜はあまりはかどらなかった。だから美夜子は、始業前の一時間を重宝している。誰もいない教室で、一人のんびりと過ごすのは、気分が良かった。
しかしその時間は、最近になって新たな意味を持つようになった。気分転換のために廊下に出て、窓から校庭を覗いたのは、美夜子にとってほんの気紛れだった。
八時五分。始業のベルが八時五十分だから、教室には美夜子一人だった。他の教室にもほとんど人はいない。
それなのに、校庭に人がいた。部活の朝練ではないようだった。多分男子生徒だろう。美夜子と同じ学年カラーの青のジャージ、ただ一心にトラックを走っている。たまに立ち止まり、ふくらはぎを上げて叩いていた。 嬉しかった。何が嬉しいのかはうまく説明できない。
それから毎朝、その人が走っているのを確かめている。たまに走っていないときがあると、今日は休むのだろうかと心配した。しかしいつも、もう一度見に行くと、その人はちゃんと走っていて、ほっと安心する。
その人を見ると、美夜子の歯車は正常に回るような気がした。機械と同じように、否それよりも複雑に、人間にだって歯車がある。それは些細なことですぐに狂ってしまうくせに、修復が非常に難しい。
はずなのに、その人を見ると、所々小さく狂った歯車が、綺麗に元に戻っていくような気がしていた。男は沢木だと名乗った。年は四十代の半ばだと言ったが、童顔でそれよりも若く見える。ノーブランドのシンプルなネクタイをきつめに締めていた。
目の形が好みだったので、今日の客に選んだ。
ただ中身が失敗だった。アイスクリームが食べたくて適当に入った喫茶店で、すぐに気付いた。
最近はどうも勘が鈍っているらしい。深散や真彦との関係が楽しすぎるからだろうか。
「美夜子ちゃんのスカートは膝丈なんだね。真面目なんだ?」
膝元にねばついた視線が寄せられる。
短くする理由がないだけだ。意味なんてない。
「僕はちょっと短めのスカートが好きだな」
そんなに好きなら自分ではけよ。
「でも校則で決められてるんです」
そんな校則はもちろんないが、言ってみる。やはり沢木は喜んだ。こういう好みなのだろう。
「厳しい学校なんだね。今、いくつ?」
「十七、高二です」
「卒業して、免許取ったら、僕が車を買ってあげるよ。どんなのが良い? 可愛いのがいいのかな」
「そんなの、」
笑い出してしまいそうで、下を向いて必死にこらえた。
車や宝石やブランドもので気を引こうとする男は、今までにたくさん見てきた。滑稽なだけだった。
そういうもので手に入る相手は、偽物だ。ただの遊びだと割り切っている者はまだしも、本気で言っている男がいることに、美夜子は気付いた。そういう質の悪い男は、二度と客として扱わないようにしている。
窓際に向かい合った席で、美夜子はすでにアイスクリームを食べ終えていた。
期待していたよりもずっとおいしかったデザートを食べると、さっきまでは好みだと思っていた男の顔が、安っぽい照明の中で急に色あせて見えた。悩みや苦労のない、温室で育ってきたのであろう男の顔、その向こう側のガラス窓に、真彦の姿がよぎった。
店の中の美夜子には全く気付いていないらしい。ひどく興奮した顔で、肩をいからせて歩いている。
これは何かあったと、勘付いた。突然思い立ったように、店の中の鳩時計を見上げる。七時半。
「そろそろお父さんが帰ってくるから、帰らなくちゃ」
少し名残惜しそうに言う、せめてものサービスだ。もちろんアイスクリームに対しての。
「送っていこうか」
重そうなキーホルダーをちらつかせる男に、これで終わりだと思うと、一種の愛情さえ生まれ、美夜子は心から微笑した。
「大丈夫、一人で帰れます」
「携帯の番号、教えてくれないかな」
当たり前のように差し出された男の手に、ポケットのメモの束から、電話番号を記した一枚を渡す。
もちろん、偽の番号を書いた方の紙だが。
「今日はごちそうさまでした」
最後まで気を抜かずに、背を向けた。完了。喫茶店から歩いてちょうど五分で深散の部屋についた。冷たいステンレスのドアノブを回す。神経質な深散には珍しく、鍵がかかっていなかった。
おそるおそる入った部屋は、真っ暗だった。
慌てて電気をつける。
「美夜子さん?」
強いくらいの照明に照らされて、目を真っ赤にした深散が床に座り込んでいた。完全に力の抜けた様子で、いくらか精神が不安定なようである。目がうつろだった。
「真彦と喧嘩したの?」
「……大学から帰ってきたら、ノートパソコンを隠されてたんだ。昨日の夜、ずっとパソコンに向かっていたから、怒ったみたい」
「なんて?」
「お前はネットに依存しすぎだって」
これが普通の人なら、なんだそんなことでと呆れ果ててお終いだろう。しかし深散の場合は違った。
深散は、かなり重症のインターネット中毒者である。
軽度のアルコール中毒より酷くて、薬中毒よりはまし。ただ定期的にネットに接続せずにはいられない。そんな症状が、本当にある。深散は、精神安定の根の部分を、仮想のネットワークに依存していた。
どうして深散がこんなことになったのかは分からない。家庭にも友達にも恵まれ、大抵のことはそつなくこなしてきた優等生の深散だ。
ネットに依存しなければならない理由は一つもない。
ただほんの少し、人間になら誰にでもある精神の弱い部分を仮想の網に絡め取られ、巣喰われてしまった。
深散は現在、ネット上に小説を掲載している。普段の深散の性格からは想像できないような哀しい小説ばかりだ。誰も彼も幸せになりきれない、苦しい話である。
深散の小説は、まず登場人物を徹底的に壊すことから始まる。普通の小説ならば、組み立てていくだけのパーツを、深散は更にばらばらにしてから繋ぎ合わせた。
そうして、胸に痛い話を書く。
そうやって精神のバランスを保っていた。
哀しいことや辛いことを全て、ネットの人格や小説に押し込めることによって、深散は現実を生きてきた。だから深散から突然にコンピュータを取り上げるというのは、深散の中の歯車を乱暴に引き抜いたのに等しい。
「深散、落ち着いて。ノートパソコンなら、もし真彦が今日中に返さなかったら私のを貸してあげるから」 何も映していないような、深散の深闇色の瞳が、ようやく焦点を結び出し、美夜子の像を認識する。
「ごめんね、美夜子さん。自分でも分かってるんだ。こんなままでは駄目だって。だから真彦も、」
細い眉をひそめて、苦しそうに言葉を紡ぐ。
「いいよ、焦らなくていいよ。きっと治るよ」
深散は頷き、ふらふらと立ち上がった。
「私、真彦の所に行ってくるから。深散はここにいて」
深散の自転車に跨り、美夜子は思い切りペダルをこいだ。何も考えずに、無心にこぐ。朝の校庭の人のようだと、ふと思った。こんな時なのに、少し笑える。
空は星一つないのに、月だけ鈍く光っていた。真彦はやはり、自分のアパートにいた。こちらも鍵がかかっていない。美夜子は声をかけずにドアを開けて、無言のまま踏み込んだ。
明かりこそ付けているが、そこには先程の深散と同じように、背中を向けて座り込んでいる真彦がいた。
「美夜子か?」
真彦が尋ねながら、おずおずと振り返った瞬間に、美夜子はその頬を思い切り平手で打つ。
普段なら美夜子の力くらいでは滅多によろめいたりしない真彦が、このときばかりは横に倒れた。
「何するんだよ!」
赤く手形の付いた頬を押さえて真彦が勢いよく立ち上がる。その姿を美夜子は鋭く睨んだ。
「自分は深散に何したんだよ!」
「何、って。美夜子は思わないのか? 深散の依存症は異常じゃないか。あんな風にネットに支えられて。だから、……だから」
こらえきれなくなって、さっき打ったのとは反対の頬を、美夜子はまた平手で打った。
派手な音が鳴るが、真彦は何も言わなかった。
「だからって、いきなり、あんなショック療法みたいな真似、悪化する可能性だってあるのに」
きつく噛みしめた唇から押し出すように言葉を紡ぐと、真彦も同じように苦しそうに言った。
「俺が治してやろうと、思ったんだ」
しかし、ずっと下をうつむき、うなだれている。
「自惚れてんじゃないわよ。そんな簡単に治せるんなら、とっくに治ってる」
「深散は脆い」
「脆いと駄目なの? 人間は強くなくちゃいけないの? ばかみたい。ただ強くったってしょうがないじゃない。そんなのが人間なら、」
感情的になるまいと息を吐くが、抑えきれない。
「人間なんてやめてやる」
沈黙が続いた。それがどのくらいの時間だったのか、美夜子には時の流れが感じられなかった。
突然、真彦が吹き出す。
さっきまで、この世の終わりのような顔をしていたくせに、そんな事実はもう消去されていた。
「美夜子と深散、お前らそっくりだろ、実は。すっげー脆い。脆くて、逃げるくせに、絶対に戻ってこようとするんだ」
くつくつと、本当におかしそうに笑う。
「単細胞よりずっとましだと思うけど?」
冷たく聞こえるように言ったが、真彦はまだ笑っている。目尻に涙がたまっていた。
「俺さ、足を怪我してもうサッカーできないって分かったとき、絶望したんだ」
「知っているよ。もう生きていかれないような顔をしてたもの」
真彦はまるで初めて告白する人間のような表情になった。短いまつげが小刻みに震えている。
「もう死んでもいいと思ったんだ。今考えると、ばかみたいなんだけどな。小さい頃から、サッカー一本だったから。……でも俺は深散と、それから美夜子のおかげで立ち直った。今はリハビリを兼ねて自主練に走ってる。だから、」
「深散も同じように助けてあげようと思った?」
真彦は何も言わず、ただ困ったように微笑んだ。
「ばかだよ。ホントに真彦はばかだよ」
どういう顔をしていいのか分からなくて、美夜子は目の前の真彦を強く睨み付けた。
さっきから睨んでばっかりだった。そうでもしないと、涙が零れ落ちてしまいそうだったのだ。
「もう一度、俺と付き合ってくれないか」
真剣な眼差しに貫かれる。
「遠慮しとく」
「俺より深散の方が好きか」
「愚問だね。真彦、深散と私とどっちが好き?」
瞬間、真彦がぽかんとした症状になる。
「比べられない」
「そういうこと。深散の所に戻ろう」
今夜は満月だった。
「美夜子って、どんどん強くなるよな。俺はもう、置いていかれそうだ」
手を繋いで深散の部屋に向かう。美夜子の方は渋ったが、何やら吹っ切れたらしい真彦に、強く手を引かれた。
「最近は元気を貰ってるからね」
「誰に?」
「朝、校庭で走ってる人。多分同じ学年」
今夜は満月だった。空気は気持ちいいくらいに冷たい。
「……それ、俺じゃん」
今度ぽかんとしたのは、美夜子の方だった。
嘘、という言葉が出ずに、かすかに息だけ漏れる。
拳を振り上げ、周りを見回しても悪態を吐く相手がいないので、月に向かって叫んだ。
「ばかやろーっ」
涙の代わりにどうしようもなく笑いが零れた。
ばかは自分たちだ。
真彦も同じように月に向かって叫ぶ。
すれ違う人々が二人を見たが、どうでも良かった。
この道を曲がれば、深散の部屋の明かりが見える。
それは月なんかより、ずっと明るい。