※BGMは、私の出身高校(熊本高校)の第2応援歌で、同窓会などでは、校歌以上によく歌われているものです。

 思春期のころからだったようですが、自分がどうして女の子に生まれてこなかったのだろうかと、本当に悩みました。

 女の子として恋をし、女性として生きていきたいという強い願望を持つようになりました。
 しかし現実の社会では、私が女性として職業をもつとなれば、やはり夜のお仕事しかありえないという冷たい現実がありました。夜のお仕事が私に合っていれば、それはそれでよいのですが、私にはとても合いそうにないし、また一方では、大学で学んだ専門を生かせる職業につきたいという願いもありました。
 女性になりたいという願望と同時に、自分の好きな職業で人生を生きていきたいという願いをもつことはいけないことなのでしょうか。
 性は、体の性と心の性がくいちがっていても、選び直すことはできません。でも職業は、自分で選びとることができるものです。本来、同じ次元で論じることではないと思います。

 法律の改正がなされて、1999年の春からは、男性だけの採用・女性だけの採用というような、性別によって差をもうけての採用はできなくなりました。私たちのような、自己の性別に違和感をもっている「性同一性障害」をもつものでも、男性・女性で差別することができないのと同様に、その本人がもっている能力や適性で判断し、差別なくどのような職業にでもつくことができる社会であってほしいと願ってやみません。

 現在は、やむを得ず、普段のときは「男性モード」として、高校の教員を職業として生計をたてています。仕事自体は好きですから、それなりに頑張ってはいますが、本来なら「女性の教員」として生きていきたかったと思っています。
 今は、時間をみつけて「女性としての」生活をエンジョイし、心と体のバランスをなんとか保っているといった状況です。

 精神科医に診断してもらい、ホルモン療法にすすみ、さらには性転換手術(性別適合手術)までまっしぐらに進んでいく生き方をする人たちもいます。しかしそればかりが、私たちのような性別に悩みを持っている人がそれを少しでも解消しようとする唯一のコースではありません。家庭を持ち子育てもしながら、一方で「男ときどき女」という生き方をしていくことも、ひとつのあり方だと思います。
 「男ときどき女」で、たとえば週末に「女装」しながら人生を歩んで行っている方、職場に行くときは男性の姿と服装で行くものの、上着の下には女性ものの下着をつけている「下着女装」のライフスタイルで過ごしていっている方、いろんな方がいます。性同一性障害をかかえる人(トランスジェンダー)の性別違和感の悩みを軽減する方法にはいろいろとあっていいはずです。あるコースだけが「正統」で他は異端とされるような雰囲気になることには疑問を感じます。
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 2000年秋に、私の著書『私はトランスジェンダー』を出版してから、「講演してほしい」という依頼が舞い込むようになりました。ずっと長いこと「変態」だと思いこんで過ごしてきた私のような者に、講演してほしいという依頼があるなどは夢にも思ったことがありませんでした。驚くと同時に、時代の急速な変化を感じています。
 私の本業は高校の教員です。一教師として、本業を大切に頑張っていきたいと思っていますが、別の性で生きていきたいと願っているトランスジェンダーのことを広く知ってもらえる機会があるときには、時間の都合がつき可能なかぎり、ご依頼に対応していきたいと思っています。


 
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