月刊「テーミス」という会員制のビジネス雑誌(都内で数店の書店以外では店頭販売はされていません)に、私のことが掲載されました。
芥川賞受賞作家・藤野千夜さん、ニューハーフ界では有名なクラブ経営者の松井玲子さんと一緒に、記事の中で私のことが紹介されています。
片や芥川賞、片やニューハーフ界での重鎮の方との併載ですので、とても光栄であるとともに、ちょっと面はゆく感じています。
これまでは「変態」の烙印を押されてきたニューハーフの人たちであったのですが、埼玉医大で性同一性障害の人の性転換手術のことだとか、芥川賞に受賞した藤野千夜さんのことだとかの話題があり、「性的マイノリティ」の人たちのことをオープンにできるようになってきつつあるという背景を説明しています。
現況説明に続けて、芥川賞の藤野千夜さんのこと、クラブ「花道」の経営者である松井玲子ママのこと、そして、男性モードと女性モードとを切り分けて生活しているトランスジェンダーの例として私のことが書かれています。以下、テーミス誌の当該掲載記事のなかで、私の部分に関しての記事を紹介いたします。
・・・・・・・・・・・(途中 略)・・・・・・・・・・・・
1日24時間を女牲として、しかもも心身ともに女牲に近づこうとして生きるニューハーフとは異なり、肉体的な改造を試みるまではいかないが、服装等の変革を通じて「社会的に女牲」として生活したいという人々を「トランスジェンダー」という(「ジェンダー」の語義は本来、「社会的、文化的に形成される性別」〈広辞苑〉のため、正確には「社会的に男牲」とし
て生活したい女性も含まれる)。「トランスジェンダー」も性同一性障害を抱える人々に属するが、自らトランスジェンダーであることをインターネットのホームページで公表し、性同一性障害やジェンダーの問題について意見を述べている人がいる。
そうした中の1人であるAさんは、昼間は男牲として高校教師の職にある。しかし、週末には「宮崎留美子」として、「女性」になる。Aさんの場合も中学生の頃に、肉体的に男性である自分に「達和感」を感じる一方、性愛の対象が男牲に向いていた。
大学入学とともに親元を離れたことで、女性として生活することを始める。しかし、大学卒業に際して、社会人として生活していく必要上、昼間は男性として働くことを決意、教職の場に立ち現在に至っている。なぜ、ニューハーフとしての生活を選択しなかったのか、その理由をこう説明する。
「現実の社会では、私が女性として職業をもつとなれば、やはり夜のお仕事しかないという厳しい現実がありました。でも、私には夜のお仕事が合いそうにもないし、大学で学んだ専門を生かせる職業に就きたいという願いもありました。」
留美子さんは、週末になると女牲に変身し、女性用の洋服や下着、化粧品、アクセサリーなどの買い物に出掛ける。買い集めた多くの女性用品の保管と、「変身」のために、自宅とは別に4畳半のアパートを借りているという。本来なら「女性の教員」として生きたかった留美子さんはいう。
「性は、体の性と心の性が食い違っても、選び直すことができません。でも、職業は自分で選び取ることができます。本人の努力や適性で判断し、差別なくどのような職業にでも就ける社会であってほしいと願ってやみません」
これまで「変態」「性倒錯」などと誤解されてきた人々ヘの正確な理解と偏見のない社会が望まれているのだ。